明星

東雲あかりの現代詩

ピアノが泣いて

雨はさめざめと降る
路地の合間を縫い 排水溝を満たし
世界中の隙間に流れ込む
ぬいぐるみと眠る孤独な僕たちは
開け放たれた窓辺にもたれて
ピアノの調べを奏でていた
水面をたたく雨だれは
張りつめすぎた感情の糸を響かせて
七日七晩降りつづければ
かつて神話に語られた大洪水のように
都心のビルディングも水没させるだろうか
 (ねぇ、雲の切れ間から陽が射す頃まで
    僕らを脅かした
      夜毎の夢を覚えていられる?)
そんな憂鬱な雨の季節に
大人の背徳を知ってしまった僕たちは
無邪気だった時代に灯した
希望という青い火にすがり生きているから
窓を閉ざして 心を閉ざして
隣に眠る見知らぬ貴方の胸に顔を埋ずめる
防音を施されたホテルの中まで
雨音が伝わるはずもないというのに
名前も知らない貴方の鼓動に震えて
心を閉ざして 瞳を閉ざして
窓を開け放したままのあの頃に想いをはせる
 (きっと、雨は密やかに浸水して
    今では孤島となった本棚の上で
       ぬいぐるみがうなだれている)
雨上がりの朝に
一夜の恋人がくれた
温もりと残り香に心を重くしながら
通勤ラッシュよりも陰鬱な
閑散とした車輌に行き先を任せる
いつだって始発駅はわかりきっているのに
ピストン運行する列車では
どこまで行けば終着駅にたどり着けるのだろう
 (まして、降車するタイミングなんて
    温もりのないベッドに
     帰ることなんてできるはずもないから)
三往復めの列車の窓を雨が打ち始める
世界中の硝子という硝子を鍵盤にして
雨だれが奏でる懐かしい旋律は
人肌で心を温める僕たちには冷たすぎて
瞳を閉ざして 記憶を閉ざして
降車駅を通り過ぎても また街へ向かうだろう
かつて僕らが無邪気だった時代に愛した
くまのぬいぐるみはもうない
楽譜も読めない貴方に抱かれながら
今宵も僕のピアノがむせび泣く