明星

東雲あかりの現代詩

明星

もう夜が明ける 月もなく まだ日もない 東の彼方に 空がある 波間にゆらめく蜃気楼は 漁り火か 不知火か そちらは暗く寂しいですかかはたれどきの 廃墟の谷間に身をひそめ 瓦礫の輪郭を ひとさしゆびでなぞっている 時雨のように泣いていた 耳朶の奥までしの…

君の砂

小瓶の中に閉じこめられた 星の砂 顔に寄せてじっと見つめる いつまでも探していたい どの一粒に 君の魂が宿っているのか 人は死んだら お空の星になるのでしょうこの手が星空に届けば 君の星まで何億光年でも 見上げるたびに祈り続けた夜行性になった私が …

残照のウルトラマリン

絶望の中に顔を埋めて 息継ぎするように空を見上げたんだ 真っ赤な空だった 虹彩から忍び寄る 無重力な暗闇 乱暴に拭いたいのに 肩先すら動かせないでいた 沈みかけの太陽が 西空の境界線で融け落ちて 姿をなくしたのに光は失われていなかった あんなふうに…

詩人になりたかった僕のために

ほら、にぎやかなスピーカーから 事件です、事件です、事件ですと 現場臨場を求めて 騒ぎ立てる深夜の喧騒 テレビジョンから垂れ流される 通信販売のアドセンス 眠れない人のために作り上げた 眠らない町の、眠らない警察が 二十四時間 君を守り続けてくれる…

テロル

半分だけ開かれた窓から 遠くの丘にそびえ立つ コンクリートで造られた神様の 上半身を眺めながら 何日も何日も 奴隷のように 自慰に耽っていたんだよ時には 神様の首から上がお前に見えて 恐ろしさに震えながら 性欲の有り処を 懸命にまさぐって 背徳感に嗚…

センチメンタルと遺書

君が あの日の君のために書いた 宛名のない手紙は 何度も濡れて、乾くたびに 今では筆圧さえたどれない 干からびて黄ばんだ 便箋の 罫線に刻まれた 嘘っぱち 乾いた筆跡を 指先でなぞり 幾日、幾夜 おまじないの言葉を そらんじて 君が唱えた おまじないの数…

耳鳴り

傷口は傷痕に変わり 昨日とは違う今日に 今日とは違う明日に もう道に迷うこともかなわない 今ですら 潮騒の遠鳴りをたどり 足跡の消えた砂浜を探して 空を仰ぎ 航跡を追う 変わらない街並みと 変わらない記憶と 変わらない感情と 変わらない営みと 変わらな…

ピアノが泣いて

雨はさめざめと降る 路地の合間を縫い 排水溝を満たし 世界中の隙間に流れ込む ぬいぐるみと眠る孤独な僕たちは 開け放たれた窓辺にもたれて ピアノの調べを奏でていた 水面をたたく雨だれは 張りつめすぎた感情の糸を響かせて 七日七晩降りつづければ かつ…

海へ行く

街には雑音が充満しているから 呼吸をするのもままならない 夜が訪れたなら 鏡に映したもう一人の自分を連れて、海へ行こう 地図も標識もない 誰かの足跡をたどりながら 冷めやらぬアスファルトを踏みしめて指先をつたう静脈血は止血をしても止まらない 身体…