明星

東雲あかりの現代詩

明星

もう夜が明ける
月もなく
まだ日もない
東の彼方に
空がある
波間にゆらめく蜃気楼は
漁り火か
不知火か
そちらは暗く寂しいですか

かはたれどきの
廃墟の谷間に身をひそめ
瓦礫の輪郭を
ひとさしゆびでなぞっている
時雨のように泣いていた
耳朶の奥までしのび寄る
迎えにきて
迎えにきてと呼んでいる

探してよ
夜明けのとばりにつづられた
ゆびさきに残された記憶を
影絵の街並みに
埋もれたまま
あの空の
曙光にのまれゆく明の星
誰もいない
ブランコの隣で
身じろぎもしないで
待っているんだ
今もここで
待っているんだ



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君の砂

小瓶の中に閉じこめられた
星の砂
顔に寄せてじっと見つめる
いつまでも探していたい
どの一粒に
君の魂が宿っているのか
人は死んだら
お空の星になるのでしょう

この手が星空に届けば
君の星まで何億光年でも
見上げるたびに祈り続けた

夜行性になった私が
透き通るように存在感を喪失したころ
南の島の砂浜で
焼き尽くすような陽射しを浴びながら
来る日も狂おしく
君の砂粒を探した

触れるたび焦がされる情熱
星の砂は砂じゃない
死んだ有孔虫の殻なんだと
ならば私に骨をください
焼けたカケラの
君の魂が宿る一粒を

残照のウルトラマリン

絶望の中に顔を埋めて
息継ぎするように空を見上げたんだ
真っ赤な空だった
虹彩から忍び寄る
無重力な暗闇
乱暴に拭いたいのに
肩先すら動かせないでいた
沈みかけの太陽が
西空の境界線で融け落ちて
姿をなくしたのに光は失われていなかった
あんなふうになりたかった

ねえ、小人の靴屋の話を知っている
夜毎に働く
はだかのこびと
まずしい靴屋が救われる
大事な仕事は
僕たちが目をつむっている間に
済んでいて
姿を知れば逃げていく

瞬く間に星があふれた
熱が唇から抜け落ちていくのがわかるんだ
何百万光年も先にある
灼熱の天体が放つまばゆい光を
どうして温もりのない優しい光と
感じてしまうのか
まるで瑠璃色に輝く鉱石だ
かすかにまたたいている

あの話には続きがあるんだ
文字も読めない貧しい女が
こびとの世界へ招かれる
産まれたこびとに名前をつけて
三日の間こびとと暮らす
つかの間に
七年の時が流れて
誰も女を覚えていない

星の光は
密度をなくした太陽の光だ
残照の消えた夜空に
数百万の星をちりばめて
漆黒の空を群青色に灯している
星の名前は誰も知らない
あのとき
ここにいた
僕の名前も
誰も知らない
ただ遠く離れて姿をなくしても
残照の夜空に似た
深い深い群青に
辺りは包まれている

詩人になりたかった僕のために

ほら、にぎやかなスピーカーから
事件です、事件です、事件ですと
現場臨場を求めて
騒ぎ立てる深夜の喧騒
テレビジョンから垂れ流される
通信販売のアドセンス
眠れない人のために作り上げた
眠らない町の、眠らない警察が
二十四時間
君を守り続けてくれる監視社会で
コピーライトの付いていない
ことば を探して
商業ビルの非常階段や
しとどに濡れた植え込みの陰に
酔いつぶれたふりをして
寝そべっているんだろう

とっくに気付いているんだ

手垢の付いていない
ことば なんて
街では見つからない
君が書を捨てて町に出てから
いったいどれだけの
グラスを空にして
何万人の詩人や革命家が
反権力の尖兵として
保護房に隔離されたと思ってる
あそこでは
広告収入で残業代を支払って
法律用語で君を守ってくれる
そこから出ていく自由は
奪われてしまうのに

いっそこのまま溺れていたいんだ

ねえ、今こそ武器をとるんだ
君のての中に自由はあるか
そこに救いはなくても
ことば は今もここにある
赤い旗を掲げて
群集を煽動した女神のように
君のことばが必要なんだ
電源ケーブルを切断しても
インターネットに拡散した
君の自由は消えてなくならない
立ち上がれ
もう一度 孤独の中で
叫べ 冷たい壁に向かって
もっと  ことばを
もっと ことばを
もっとことばを

テロル

半分だけ開かれた窓から
遠くの丘にそびえ立つ
コンクリートで造られた神様の
上半身を眺めながら
何日も何日も
奴隷のように
自慰に耽っていたんだよ

時には
神様の首から上がお前に見えて
恐ろしさに震えながら
性欲の有り処を
懸命にまさぐって
背徳感に嗚咽した

時には
私の顔をした両性具有が
窓枠まで忍び寄り
賤しい私の本性を模写して
告げ口しやしないかと
壁にすがって慟哭した

この永遠に半分だけ開かれた
お前と私をつないでいる窓からは
半透膜のように
孤独な視線だけが透過していく

あの丘に立つ
神様の足下にすがる
何億人もの善良な男女の
祈りを消す
爆薬を
天空から
驟雨のように降らせたい
神様、私は
まだここに、
今もここにいますと。

センチメンタルと遺書

君が
あの日の君のために書いた
宛名のない手紙は
何度も濡れて、乾くたびに
今では筆圧さえたどれない
干からびて黄ばんだ
便箋の
罫線に刻まれた
嘘っぱち
乾いた筆跡を
指先でなぞり
幾日、幾夜
おまじないの言葉を
そらんじて
君が唱えた
おまじないの数だけ
感傷的な神様が
幸せを約束してくれるとでも
きっと
あの日の君は
そう思ったんだね
さようなら
さよなら、センチメンタル

耳鳴り

傷口は傷痕に変わり
昨日とは違う今日に
今日とは違う明日に
もう道に迷うこともかなわない
今ですら
潮騒の遠鳴りをたどり
足跡の消えた砂浜を探して
空を仰ぎ
航跡を追う
変わらない街並みと
変わらない記憶と
変わらない感情と
変わらない営みと
変わらない、変わらない
変わらないでいる
限りある記憶の源泉から
溢れ出す
遠い潮騒
あの砂浜に
消えた足跡が泳いでいる
波打ち際で
今ですら
潮騒が
遠く、遠く聞こえる